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2008年04月30日

九六式艦上戦闘機

色んな兵器があったんですね。

九六式艦上戦闘機(96しきかんじょうせんとうき)三菱A5Mは、日本海軍(以降は海軍と略)最初の全金属単葉戦闘機。ほぼ同時に設計・製作された九六式陸上攻撃機と並んで、日本の航空技術が欧米各国の模倣を脱して、日本独自の優秀機を製作し始めた最初の機体。後継機は零式艦上戦闘機。なお、連合軍のコードネームは“Claude ”。

設計の経緯
昭和8年?9年頃、欧米各国では軍用・民間用を問わず 単葉の高速機が順次開発されていた。しかし海軍では航空母艦への着艦と空戦時の旋回性を重視し、単葉への切り替えが遅れていた。昭和10年に制式採用された九五式艦上戦闘機も複葉で、速度は352km/時という低速であった。この性能では将来の戦闘は戦えないと判断した海軍当局は、昭和9年の次期艦上戦闘機の設計に際し九試単座戦闘機として、あえて艦上機としての性能を要求せず、近代的高速機を求めた。 要求仕様の性能が抑え気味であったのは、これに先立つ七試艦上戦闘機などの試作の際に、高性能を要求し過ぎて失敗に終わった事への反省もあった、ともいわれる。

当時の大航空機メーカーであった三菱では、七試艦上戦闘機に続き堀越二郎技師を設計主務者に任じて、開発設計に当たらせた。

競争試作には中島飛行機も応じ、陸軍の九五式戦闘機の競争試作の際に不採用となった低翼単葉のキ11を海軍向けに改修して提出したが、主翼に強度保持の為の張り線がある事がマイナスポイントとなり、また三菱の試作機が抜群の性能を示した為、またしても不採用となった。

その後、陸軍の九七式戦闘機の競争試作の際、三菱は本機を陸軍向けに改修した機体をキ33として提出したが、今度は中島飛行機のキ27の方が優れていた為、不採用となった。なお、実戦部隊においても、九六艦戦よりも九七戦の方が性能は上であると評価され、海軍パイロット達は九七戦を羨望したという事である。
(以上、ウィキペディアより引用)

三菱が作ってたんですね!

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